苦手なお金の話を少し

第4回 『経済を読む力』大前研一小学館新書358

 

 どうにも経済・お金の話をするのが苦手で仕方ない。一応、マクロ、ミクロ、マルクスを問わず(制度もレギュラシオンもね)最低限の勉強はしてきたが、これはもう体質と言うしかない。安全資産として金の保有をすすめる話を聞くたびに、「ひとたび戦争や自然災害に見舞われた時、金(gold)でお腹は満たされないじゃん」て正直感じてしまう(笑) 

 

 しかしだ、高校の政経の授業では、いつも眠たい目をこすりながら憲法の話を聞いていた子供たちが、為替や株価の話となると目を輝かしていたことを今でも覚えている。ちょうどFXが流行りだした頃だった。その野性的な子供たちの目差しに、自分の経済現象に対する興味不足と勉強不足をその時痛感していた。

 

 何事もそうなのかもしれないが、理論(教科書)と実際の現象(経済統計)は時に一致しない。まさにヘーゲル『法の哲学』序文の「ミネルヴァの梟は黄昏時に飛び立つ」である(現実の成熟→「理論の王国」到来)。 つまりグローバル化時代にはそれに適当な経済への眼差しが必要とされるわけで、「ケインズはもはや死んだ」のかもしれない。

 

 そこで経営者でなおかつ類い稀なウォッチャーである大前研一さんの本を今回は読んで、グローバル化時代の経済現象を理解する取っ掛かりとしたい。

 

 大前さんは「円安は魔法の言葉」だと指摘する。その典型例として安倍総理の頭の中を、日銀による量的金融緩和→(札を刷って)円安誘導→賃金上昇→景気アップと紹介する。教科書的には円高は輸出競争力を減じるが、円安はその反対で、どうやら政治家や大企業経営者そして一部の経済学者にとって円安は景気浮揚の魔法の言葉だと。しかし第2次安倍政権誕生後(2012年)、今日に至るまで、ブレグジット(英国のEU離脱騒動)はあったものの、約20円ほど円安になったが、賃金は上がったのだろうか? 確かに2012年以降賃金は多少の上昇はあるものの(経済規模が同等の国とは比較にならない程少しだが)、過去25年の名目賃金上昇率は、OECD(経済開発協力機構)の主要国の中で唯一マイナスという事実に愕然とする。大前さんは「もはや円安は日本経済にほとんど影響を与えていない」と言う。

 

 確かに政治家や大企業経営者の円安信仰は理解できる。それはプラザ合意のトラウマのせいだろう。プラザ合意(1985年)は80年代初頭、双子の赤字財政赤字貿易赤字)に苦しんでいた米国経済を救うべく、米日英仏西独の5か国によるドル安誘導の「協調介入」を約束するもので、巨額の対米貿易黒字を出していた日本(『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は1979年出版)がターゲットであった。会議に出席した蔵相竹下登(DAIGOのお爺さん)が成田のゴルフ場から姿を消し、ゴルフウェアのまま飛行機に搭乗した話はあまりに有名だ。確かに1ドル235円が合意後1年後で1ドル150円となったわけだから、その急激な円高リスクが政策決定者や輸出企業経営者しいては日本国民にとって忘れられないトラウマになったことは間違いない。プラザ合意を「第2の無条件降伏」と呼ぶ識者もいるくらいに…

 

 しかしこの円高圧力のもとでも日本企業の輸出数量は落ち込まなかった。なぜなら80年代後半は日本製品の質が高かったためで、さらに90年代トヨタを筆頭に主要な製造業の企業が現地生産のため多国籍化の道を選択したからだ。例えばトヨタは研究拠点(8ヶ国)と生産拠点(50ヶ国)をいわゆるBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)、VISTAベトナムインドネシア南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)、MENA(中東、北アフリカ)に置いた。アメリカ国内には生産拠点が8ヶ所もある。現地生産・現地販売なら為替差損益も気にすることはなくなるわけだ。企業のたゆまむイノベーショングローバル化への対応で「円高耐性」を日本経済が身に付けたと大前さんは結論づける。 

 

 また別の側面として、現状GDPに占める貿易の割合は輸出15%、輸入17%であって、その差の2%が為替リスクにさらされる。仮に1ドル120円から110円に円高になった場合の為替差損益は8%なので、影響度は0.16%となる(皆さん大丈夫ですよね(笑))。よってこの程度の数値なら為替リスクを過大評価する必要もないのかもしれない。かつては「貿易立国」「輸出大国」と言われた日本経済はもはや存在せず、為替ニュートラルな「円高耐性」を身に付けた「内需大国」へと変貌したと大前さんは言う。

 

 逆の見方をすれば、為替に対して貿易(モノやサービスの実物取引)の影響力も下がってきている。国際収支には相殺されて出てこないが、今や金融取引は実物取引の95倍にもなる。これではバーナンキ(元FRB議長)に「貿易は犬の尻尾」と言われても仕方がない。(笑)

 

  大前さんの日本のグローバル企業に対する評価はかなり高いものがある。世界中の企業と経営者を見てきた彼の眼力は嘘はつかないはずだ。そして彼は最後にこうも言う。「日本の経済政策は二流以下だと」…永田町や霞ヶ関日本橋あたりにはケインズポール・クルーグマン(まだ存命)が生きているのだろう(個人的にはクルーグマンを批判した小林慶一郎(日本財団)推しなのだが)。

 

 最後にちょっと気になる話を。日常目にする為替指標は名目為替レートと言う。それに対して「実質実効為替レート」と呼ばれる指標を昨今耳にする。そうトランプ大統領が日本の為替水準が円安過ぎて米国の輸出がふるわないとケチをつけてきた時の指標だ。一応、定義としては「対ドルの他、ユーロ、英ポンドなど主要通貨に対する相対的な値動きを、各国・地域との貿易量、物価水準の相対的な差などをもとに加重平均して求められる指数」(はい、これ1度でイメージできたらなかなかの強者)となる。基本となるのは高校の政経でも教えた「購買力平価説」(マクドナルドⓂ️🍔🍟の絵を描いて説明しましたよ)で、ある通貨のモノやサービスの購買力を指数化したものだ。

 

具体例で見てみると、

日本の対米名目為替レートは

1985年1ドル240円→

2018年1ドル100円…これは円高(ドル安)

これに対して実質実効為替レート指数は

1985年80ポイント→

2018年70ポイント…これは円安 

☆指数は値が大きくなれば円高を示す

☆日本は1995年をピークとして円安の継続中

 

 この名目と実質実効の傾向の違いの原因が何かと言えば、それはズバリ日本経済がデフレもしくはディスインフレであるからである。経済新興国の都市のマンションが日本並みに価格が高くて驚くこともそう珍しくなくなってきたことが、その証左である。日銀の黒田総裁がトランプ大統領からの批判に「これ以上の実質実効為替レートの円安はないだろう」と円安の天井を指摘したが、その言葉が心理的効果に止まらず、実効性を持つためにもデフレからの脱却が必要となる。円安によって景気浮揚を図るのではなく(これはもう失敗を経験済み)、逆に景気浮揚によって実質実効為替レートの誘導を試みることに結果的になるわけだ。そう、大切なのは景気浮揚!

 

 トランプ大統領に「とにもかくにもグローバル経済なんだから、ちまちま意味のない為替レートの話なんて持ち出して脅かすんじゃねぇよ!」と声を大にして言える政治家は出てこないだろうか?(笑) 麻生さんなら言えそうかなぁ… よくトランプ大統領は経営者で、すべて思考がディールだと言う人がいるが、まあトランプの事業で成功していると言えるものは無いみたいだし、日本はかつてのプラザ合意から学んだ経験をいかして今後の日米交渉に臨んでもらいたい。浅知恵のジャイアンに正々堂々、根気よく説明してあげる賢い一流の「のび太」君に日本がなればいいだけなのだから。

 

 
f:id:hakase007:20200826023819j:image